39『両勢揃って』 そこには二種類の人間達がいた。 犠牲を払ってまで前に進もうという者達。 その犠牲に見兼ねて止めようとする者達。 迷いはあったのかもしれない。 正しいのか、間違っているのか。 だから、その闘いは必要な者だった。 それぞれの考え方を信じ、ぶつかりあう事で、 確かな形で自らの考えが正しい事を証明するために。 それは迷いを振り切る闘い。 正否を神にゆだね、決める闘い。 その結果は誰にも分からない。 『愚者から賢者への物語』が描かれた長い通路の向こうに見える学生ラウンジには沢山の生徒達の姿が見えた。あちらからもそれは認識できたらしく、自分達の方に向かって歩いてくるカーエス達の姿を見て、色めき立った。 口々にカーエスの名を叫び、ディオスカスという強大な力相手に、ここまで生き残り、あまつさえ魔導学校の解放までやってのけたことを賞賛し、まるで一人の英雄である。 その生徒の中から、明らかに年長者と見える、長身で、長いアシュブロンドを後ろで束ねた精悍なイメージを持つ男、シューハ=ランドーがカーエスに近付いてきた。 「よう、カーエス。お手柄だな」 「いや、エイスはんも、こっちにおるジェシカもおりましたし、どっちかというとエイスはんのほうがよう働いとったかと」と、カーエスが照れくさそうに答える。 その言葉に、シューハがカーエスの後ろにいる者たちに目を向ける。 「行政部長も無事で何よりです」 「君とは何度か会ったことがあったね、シューハ=ランドー」 そう言って、二人はがちりと握手を交わす。 そんな調子で、取りあえず自己紹介を済ませて行く。当時魔導研究所にいた人間は、ジッタークと、“風魔”であったミルドの存在に驚いたようだった。半ば伝説と化していた二人に、直接会う日が来るとは思っていなかったのだ。しかも、こんな騒動の中で。 「随分と豪華な面子だな、カーエス?」 「ジットのおっちゃんは前から知っとったんですけど、まあいつの間にか」 シューハは、そう答えて苦笑するカーエスの横で眠る顔に気が付いた。 「その、お前が背負ってる“女”は誰だ?」 その言葉に、カーエスとティタ、ミルドが噴き出して笑う。 リクが童顔を気にしていることを知っているジェシカは笑わなかったが、肩のあたりがふるふると震えていた。確かに起きている時はともかく、リクの寝顔は女性に間違えられても仕方がないほど、可愛いとしか表現のできないものだ。 意外な反応に怪訝な顔をするシューハに、カーエスが笑い終わるのを待って答えた。 「一応男ですよ、コイツ」 「え? そうなのか?」と、リクの顔を覗き込むシューハに、カーエスは続けて言った。 「リク=エールって言いまして、シューハ先輩の弟弟子になるんですかね、ファルガ−ル=カーンの教えを受けた魔導士なんですわ」 「……何?」 その言葉に、生徒の中から後二人、ばたばたと駆け寄ってきた。シューハと共にファルガール派と呼ばれる生徒達である。 「カーエス、お前、ファルガール先生に会ったのか?」 「ええ、ファトルエルで。今は別行動なんですけど」 シューハ達の顔を見て、カーエスは告げて良かったのか、と自問した。当時、カーエスは魔導学校にいなかったが、周りの話からすると、ファルガールの出奔は突然で、客観的に見ると、捨てられたのも同然だったという。 それからシューハ達を取り巻いた不遇を考えると、彼等の旨に抱く感情はさぞ複雑なものだろう。 「で、何で寝てるんだ?」 「まあ、色々あったんですよ。いつ起きるかは分からへんので、こいつは戦力に入れん方がええでしょう」 「ああ、そうだな。全部終わって、目を覚ましたら色々先生の話を聞くとするか」と、シューハは納得した様子で頷く。 「とにかく、今は一刻も早くディオスカス達を迎え撃つ作戦を練らなければならない」と、提案したのは最年長のエイスである。 「行政部長の言う通りだ。取りあえず俺達の案を聞いてくれ」と、シューハが今まで練っていた策を説明する。 「結論から言うとだな、俺達は個ではなく団で闘う」 魔導士養成学校を抱える魔導研究所の魔導士の質は高いことで有名である、エンペルリース、カンファータ両国の国立魔導士団の中にも多数、魔導研究所出身の魔導士が所属しているのだ。 そうして完成された魔導士団の魔導士達とただ闘って勝てるわけがない。数はあちらの方が多いのだ。 そこでシューハが考えたのが集団で闘うことだった。一つの魔法を全員で使うことによって、相乗効果で威力を大きくしようという作戦だ。 魔導研究所の魔導士は有力と有名だが、魔導士団としてはさほど有名ではない。つまり個々の実力はあるが魔導士の集団としての機能は他の魔導士団とくらべると遥かに劣るのである。所属する魔導士のほとんどが専職で魔導士団に勤めているわけではないので、それは当然なのだが、要するに一集団としての纏まりに欠けるというのがエンペルファータ魔導士団の一般の評価だった。 「そこへ行くと、俺達は学校で“集団魔法”の練習はするしな」 “集団魔法”のカリキュラムは、ごく最近に取り入れられたものだ。週に何度か生徒を一所に集め、全員で一つの魔法を行使する練習をする。“集団魔法”の訓練をカリキュラムに取り入れることを提案した張本人であり、二人でいち魔導士、と公言するクリン=クランの“双魔導”程の精度は誇らないものの、全員で唱えれば通常の一・五倍の威力は出せるはずだ。 「ほしたら、指揮はジェシカに任せたらええと思いますよ」と、カーエスが口を挟んで提案した。 ジェシカは元々カンファータ魔導騎士団という集団の、副団長という地位にいた者だ。集団を指揮することには慣れているだろう。それに幾つか集団対象の補助魔法を使えたはずである。大災厄の発生で大量に押し寄せてくるクリーチャー相手に魔導騎士団を見事に指揮して蹴散らしていた事は記憶に新しい。 「そうだな、……頼めるか?」と、シューハがカーエスの後ろに立つ凛々し気な女性魔導騎士に話し掛けると、ジェシカはこくりと頷いた。 「やれるだけやってみよう。“集団魔法”で使える魔法を教えてくれ」 シューハは頷いて、ジェシカに大雑把に自分達の使える魔法を提示して行く。ジェシカも、自分が指揮官として何が出来るのかを明かした。 それを軸に、カーエス達も加わって、エイスが持つディオスカス達の情報を合わせて作戦を練って行く。 ちょうど、作戦が大雑把に決まったところで、所内放送のスイッチが入る音がする。 『ディオスカス=シクトより、同志諸君に告ぐ。今を持って計画の第二段階を終了する。続いて、最終段階に入る。抵抗勢力による邪魔が予想されるが、一切相手にはせず、第七地点に集合することを優先すること』 「いよいよだな……」と、エイスが堅い表情で言った。 「第七地点っていうのはどこか分からないんですけど、ドミーニクは魔導列車を使って、エンペルファータを脱出する計画だと言っていました。下手に集まる前の人達に手を出すと見逃すこともあります。だから駅前の広場で待ち構えていた方が」 ミルドの提案に、カーエスとジェシカも頷く。 「そうですな、奇襲もアリでしょうけど、逆に言えばこっちも浮き足立つことになりかねへん」 「どっしり待ち構えて、落ち着いて作戦を実行した方が確率は高いな」 シューハもそれに同意し、魔導学校の生徒達に向かって叫んだ。 「よし、テメェら! 向かうは駅前広場! 上手くやれば絶対に勝てる! 気合い入れて行くぞ!」 おぉ、と全員が呼応する声が学生ラウンジに響いた。 ***************************** 同じ頃、計画内で第七地点と呼ばれる中央ホールにも、おぉ、という声が上がった。この場合は感嘆の声ではあったが。 このクーデターを指揮するディオスカスが、地下から中央ホールに到着したのだ。 先ほどまで、カーエス達抵抗勢力に押され気味で、ディオスカス派の者達は士気が下がっていたのだが、今は自分達が付いて行くと決めた指導者が目の前にいる。そう思うだけで、安心感が増すのだろう。 ディオスカスは自分の名を呼ぶ声に答えつつ、威風堂々とした歩みで“無知なる大樹”に歩み寄る。 そうして大樹の下に立つディオスカスに、各班の代表が点呼の報告に来る。 住居・宿泊施設棟を警備していた者たちは全員揃っている。研究所を警備していた者たちもあらかた揃っているが、カーエス達の邪魔をするように指示した者たちは欠けていた。だが、解せないのはドミーニクの不在である。 「ドミーニクはどうした?」と、ディオスカスが聞くと、魔導士達の一人がドミーニクをはじめとする遊撃班が研究所の片隅で倒されていたことを報告する。 「そうか」と、報告した魔導士に労いの言葉をかけると、自分と一緒に地下に潜っていた側近の魔導士が尋ねてきた。 「ドミーニク様を回収されますか?」 「いや、自分の責務も全う出来ん奴はどのみち要らん。貴様もやられればおいて行く。そうならない為にもしっかりと動くんだな」 点呼が終わると、一同は静かになり、じっと大樹の傍に立つ指導者を見つめる。 その注目に応えるように、ディオスカスはゆっくりと、大樹の周りを歩き始め、同時に演説を始めた。 「同志諸君、諸君の協力において、壮大に思われた計画をここまで実現することが出来たことを感謝する」 静かになった中央ホールの巨大な空間に、ディオスカスの低い声が通る。 「しかし、計画に反し、抵抗勢力の力は大きく、魔導学校の封鎖が解除され、我々はその一派と闘わなければならなくなった」 大樹を回りながら、ディオスカスは自分に注目する魔導士一人一人と視線をあわせるように目を配った。 今現在五十名近くいる一団の一人一人が、故郷を捨て、裏切って、自分に付いて行くと決めた者たちだ。新天地で、魔導文明第二の黄金期を造り上げることを選んだ者たちだ。 「普段、教師をしている者たちの中には、自分の弟子と直接闘わなければならないのかもしれない。師匠と弟子、まともにやれば、負けるはずがない。しかし、それでもあちらは必死で闘って来るだろう。我々を止めようと、それこそ命を懸けて立ち向かって来るだろう」 これだけの人数がいれば、中には迷っている者もいる。 「だが、情けを掛けて手加減しようなどとは思うな。我々は選んだのだ! “過去を背にし、無に身を投ずる”事を! そして誓ったのだ! 背にした過去は決して振り返らない事を!」 その迷いは、今ここで断たなければならない。 「それ以外の者も皆同じ。家族を残して行く者もいる、大切な者を裏切る結果になる者もいる。これから臨む闘いは、その過去を振り切るための闘いだと思え!」 それは、ディオスカス自身にとっても同じことだ。 「何もない“無”から、光を見つけだす強さを得るために! 再び前を向いて歩んで行くために!」 力強いディオスカスの声に応え、その場にいる一同も中央ホールを揺るがさんという大きさの声が響く。 その声を受けて、ディオスカスは口元を持ち上げて笑う。今ここにいる者たちに迷いはない。 「行くぞ!」 ディオスカスは先陣を切り、進軍を開始した。 ***************************** エンペルファータの真ん中にある魔導研究所、そのすぐ北には魔導列車の駅がある。東のカンファータ方面、西のエンペルリース方面、そして北のフォートアリントン及びウォンリルグに続くエンペルファータの駅は大きい。 北側の入り口が正面入り口となっており、その前は広々とした広場になっている。 今、その入り口前では三十名ほどの若い魔導士達、おそらくは魔導学校の生徒達と思われる者達が整然と並び、正面を見据えている。 まだ何も知らない街の人間達は、何が起こったのかと揃って公園を取り囲んでいた。否、何かが起こったのであろうことは確かだ。先ほどまでは快適な温度を保っていた街の気温が、今はじっとりと汗ばむ暑さとなっている。これは、エンペルファータに最大の恩恵を与える魔導器“セーリア”の運転が止まったことを意味していた。 そんな野次馬達の一角で新たにざわめきが起こり、取り囲んでいた者たちの一部が左右に分かれた。その間から歩み出てきたのは、魔導研究所開発部長兼エンペルファータ魔導士団長・ディオスカス=シクトが率いる五十名ほどの魔導士達だった。 そんな二つの団体が対峙する形で向かい合えば、住人達にもこれだけは理解できた。この二つの集団はここで闘うつもりなのだと。 ディオスカスの一団が、生徒達の前に並び立つ。双方にらみ合ったまま、沈黙の時が過ぎて行ったが、その沈黙を破ったのはディオスカスだった。 「そこを退け、と言っても無駄なのだろうな、エイス、にカーエス=ルジュリス。貴様らのお陰でだいぶん予定が狂った」 生徒側の戦闘に立っていたカーエスとエイスは、ディオスカスに話し掛けられ、一歩前に出て答えた。 「そんな気がちょっとでもあったらハナからここまで来とらんわい」 「貴様こそ考え直すなら今の内だろう。研究所から奪ったものを返せば、まだ引き返せる」 エイスの言葉にディオスカスが嘲るように笑って答えた。 「二人、殺した」 その短い言葉に、二人が目を見開く。 「所長のアルムスを含めて、な。……もう引き返せる段階ではない。これだけ血を浴びたのだ。もとより、今日の白の刻、計画開始から私には止まるつもりなど毛頭ない。それが私の覚悟であり、決意だ。止めたければ私を倒せ。 その機会なら今、ここで与えてやる。私、いや我々にもこの闘いは必要なものに感じられてきたところだ」 その言葉に、カーエスはディオスカスの後ろに立つ者たちを見回した。その目を見て彼は確信した。ディオスカスだけではない、彼等にもう、迷いなど存在していない。 「阿呆が……」 ディオスカス達の目的はエイスから聞いて知っている。魔石不足で、ほとんど進歩しなくなった魔導文明を憂いて、魔石が豊富にあるウォンリルグに移動し、再び魔石を好きなだけ使って魔導文明のさらなる発展を図るつもりなのだ、とエイスは言っていた。 そのために、今まで育ってきた国や人々を捨てて、自分が過去にやってきたことも捨てて行くことが何故出来るのだろうか。 結果的に、エンペルファータを裏切ることになり、これから起こる可能性が高くなってきたウォンリルグとの戦争が激化することも、ディオスカスは承知の上だろう。彼はそれでも魔導文明が発展するための犠牲だと言うのかもしれない。 だが、人の為にある文明が人を殺して何になるのだろうか。 「……どうだ?」 陣形の真ん中で油断なく、ディオスカス達に目をやりつつ尋ねたジェシカに、カーエスはかぶりを振った。 「……あかんな。止まりそうもあらへん」 「私達で止めるしかないだろうな」 カーエスとエイスの言葉に、その場にいた全員に緊張が走る。 こうして対峙すると、多勢に無勢なのが良く分かる。魔導士の質も熟練した者がほとんどのあちらの方が上なのだ。 皆が固唾を飲む中に、ジェシカの声が響く。 「恐れるな。勝算あってこそ、私達はここにいる」 その言葉に、一同は先ほどたてた作戦を思い出す。それを聞いた時には必ず勝てると思った。勝算はあるのだ。 「戦闘開始だ。全員、精神集中しろ。私の合図と共に“攻の一式”、詠唱開始だ」 エンペルファータ史上初のクーデターの幕は近い。 |
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